「Morte alla Fransia Italia anela!」。自称愛国者のいかがわしさよ
1282年(弘安5年、皇紀1942年)3月30日、フランス王家の流れを汲むアンジュー家が支配していたイタリア・シチリア島で、シチリア住民の若い女性がアンジュー家の兵士によって暴行、殺害された。
女性の恋人がその遺骸を抱きかかえながら叫んだ。「Morte alla Fransia Italia anela!」(フランス人に死を、これはイタリアの叫びだ!)。
この叫びがきっかけで、シチリア住民がフランス兵を殺害。暴動はシチリア全土に拡大し、フランス系住民約4000人が殺害されたという。
「シチリアの晩鐘事件」だ。
「Morte alla Fransia Italia anela!」は後に、「マフィア」の語源となった-というのは、後の創作らしい。
創作ではあっても、「Morte alla Fransia Italia anela!」がマフィアの語源となったという逸話がリアリティを持って語り継がれるのは、同胞の女性が陵辱されることが持つ屈辱と怒りの心情が相当に普遍的だから、かもしれない。
なるほど、ナショナリズムや愛国心、団結心…を刺激するのにこれほど“便利”な事件はないし、こうした事件を自らの政治目的に利用しようという人が現れ、または結果として利用するケースはあるかもしれない。
では、こうした事件に刺激される愛国心やナショナリズムは否定すべきものか。事件を政治と繋ぐことは慎むべきことか。
否だ。
事件が起きない限り、基地の問題は国益という名目の下、ただ許容すべき問題として見向きもされない。繰り返される苦難と悲劇は、基地と不可分の関係にあるにも関わらず。
同胞や仲間、家族の苦難や被害を見過ごして、なんのための共同体、国なのか。あまつさえ、被害者である同胞の非を(無理矢理)あげつらうとは、いったいどういう神経か。
「アメリカ兵に死を、これは日本の叫びだ!」とは考えない。適切な刑事手続きにのっとり適切な刑罰を受けてもらうおう、それだけだ。もっとも、適切な司法手続きでさえ、同じ悲劇が何度も繰り返されていてなお、未だ覚束ないのだが。
そして、同じ悲劇がもう起きないようにすること。そのために、せめて過重な基地負担の問題を問わなければならない。
同胞の苦難と悲劇を、国益という名目の下に許容する論理など、受け入れられるか。
アメとムチで同胞を分裂させ、都合良く統治してきたのはどこのどいつだ。そして、ペンを使ってそんな奴らの応援団をしていたのは、どこのどいつだ?
彼らが言う国益、愛国心、国旗国歌への礼節、道徳、規範意識など、俺様の言うことを聞け、という方便でしかない。
「マフィア」はもともと、相互扶助を目的として家族に倣った結社で、「勇気ある大胆な人」という意で使われてきた。今日のような「犯罪組織」として使用されたのはつい2世紀前からだ。
仲間の苦難に手をさしのべようともしない、むしろ仲間を捨て石にし見捨てようとする連中などマフィアにもおとる。
自称愛国者たちのいかがわしさよ。
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» 沖縄少女暴行事件 ゼロリスク症候群を克服せよ [匿名希望の時事ブログ]
ゼロリスク症候群性の詭弁を乗り越えなければ、1件事件が起きるたびに国中大騒ぎして過剰な対応を取ることが繰り返され、いつまで経っても日本の政治は安定しないでしょう。 [続きを読む]
受信: 2008年2月18日 (月) 01時03分



コメント
Morte alla Amerikana Giappone anele!
米軍撤退のためにテロも辞さない秘密結社MAAGA。
マーガですか?
なんか弱っちそう。
政府の圧力にすぐに屈してしまいそうな弱っちい響きだ。うーむ。
投稿: Maaga | 2008年2月16日 (土) 21時30分