[ネタ][SNS]コミュニケーションと無コミュニケーションのあいだ-mixi疲れはプリオン病
mixiが時々、息苦しく感じられるのはなぜだろうか? 某有名ブロガーと昼飯を喰っていた時、こんなありふれたというか今更な話題になった。
いろいろ勉強している彼の説明を乱暴に一言で要約すると、「コミュニケーションが固定化されるから」だそうだ。
なるほど。で、この説明、何かと似ているなぁ…そうだ。
コミュニケーションは動的平衡(dynamic equilibrium)にある流れである。しかし、mixiではコミュニケーションが不動的非平衡となり、エントロピーが増大し、秩序は崩壊、コミュニケーションの構成員は乱れる、のだ。
エントロピー増大の法則に抗して、秩序を維持し得ることがコミュニケーションの特質である。
エントロピー増大の法則は容赦なくコミュニケーションにも降りかかる。時間や環境、距離その他もろもろの事情によりパートナーは変性し、傷つき、双方は疲れる。
先回りして、やがては相性が合わなくなるパートナーと距離を置き、このような乱雑さが蓄積する速度より早く、常にコミュニケーションの再構築ができれば、結果的にそのコミュニケーションは増大するエントロピーを系の外に捨てていることになる。
ここで、コミュニケーションの動的平衡という言葉を導入したい。
コミュニケーションは動的平衡にある流れである。流れが流れつつも一種のバランスを持った系を持ちうる。
ミュニケーションはどのようにしてその秩序を維持しうるのだろうか。
mixi以前のコミュニケーションでは、パートナーは次々と捨て、捨てられる。それはコミュニケーションのあらゆる場所で起こるけど、全体から見るとごく微細な一部に過ぎない。だから、全体の構図が変わることはない。
そして、新しいパートナー候補もまた次々と出てくる。新しいは候補はランダムな運動を繰り返し、別の誰かとも相性を試しているうちに、納まるべき場所に納まる。しかし、パートナー同士の関係は極めて微弱で、ランダムな運動との間に、危ういバランスを取っているにすぎない。相性はぴったり合うものの、がっしりとは結合せず、「振動」しているのだ。コミュニケーションにあってはこのような「柔らかな」相性の方がずっと多いのかもしれない。
こうして不断の離合集散に晒されながらも、コミュニケーションは全体として平衡を保つことができる。
コミュニケーションは守られるために絶え間なく壊されなければならない。コミュニケーションに不可避的に蓄積するエントロピーに抗するには、先回りしてそれを壊し排出するしかない。
常に離合集散を繰り返すことによって、変成したパートナー、見込みとは違ったパートナーを取り除き、これらが蓄積することを防御することができる。また、離合集散の途中でミスが生じた場合の修正機能も果たせる。
動的平衡は、いろんな事情で関係が面倒になったパートナーを取り除き、自然と疎遠とし、新しいパートナーに素早く入れ替えることを保障する。結果としてコミュニケーションは、その内部に溜まりうる潜在的な廃物を系の外に捨てることができる。
これに対し、mixiのコミュニケーションは、パートナーがほとんど離散せず、集合を続け、エントロピーは排出されずひたすら増大していく。
廃物の蓄積速度が、それを汲み出す速度を上回り、やがて蓄積されたエントロピーがコミュニケーションを危機的な状態に追い込み、コミュニケーションを疲れ果てさせる。
その典型例が、コミュニケーションのプリオン病である(嘘)
リアルなコミュニケーションは、ネゲントロピー(負のエントロピー)を取り入れエントロピーを排出することで定常状態を保持する開放定常系である。
mixiのコミュニケーションは、ネゲントロピー(負のエントロピー)を取り入れる一方だけの閉鎖的非定常系である。エントロピーを放出できない、構造的な欠陥を抱えているのだ。
すまんかった。
ところで自分、以前、女子マイミクさんから突然切られたことがあるんですが、これは結構、傷つきますよ(苦笑) う~む、彼女にとって自分は異常プリオンだったわけですねorz…
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ベストセラーなのは当然!


コメント
午前7時…やっと眠くなったところで、脳細胞を刺激されるエントリが書かれているとも思わず、携帯でココを見てしまったことを後悔してます…なので、携帯小説でも書いてみます。(w
そもそも論として、外界WEBを地球とするならば、SNSは地域社会に相当すると考えるのが適当じゃないでしょうか…言い換えれば、村のような存在で、村人全員を知っている訳じゃないけど、「あ〜、あの人ね。名前くらいは…」的な狭い社会。
で、そんな村社会に窮屈さを感じた青年は、ある日、村を飛び出した…と。村の外は煌びやかで、歩くオネーチャン達は垢抜けて、自分のダサさを知るものは居ない。「この街でなら、変われる気がする」と思った。ソフィスティケートされた情報を駆使し、青年は己をブラッシュアップし、気に入ったモノやオネーチャンをとっ替えひっ換えする日々に解放感を覚えた…「もう、村へは戻らない」と心に決めた。
そんな青年は、ある日、ふと思った。「解放されたと思っていた世界には、己と同じことを感じた人間達で溢れかえっている…友人も出来たし、嫁さん候補も捕まえた…そろそろ身を固めたい。だけど、ここに居るのは『かつての俺』ばかりで、同じような行動形態を模倣している。仲間が仲間がを呼び、気が付けば、息苦しさを感じていた「村」の中に俺は居た。
俺はいったい、何を求めて外へと向かったのだろう…本質は故郷と一緒じゃないか。。。
つづけ
と言うことで、あとは勝手に話を続けてください(w
これは、あくまでも一つのケースを想定したものですので、エントリ中の御友人の思う部分とは違う部分もありましょうが、コミュニティー形成に至る経緯は、得てしてこの繰り返しです…人間の防衛本能が、村という集団的自衛を発展させたように。
で、そんなことを思ったオイラも、突然、マイミクが一人消えていたわけですが、「かまってチャン」だった上、書き込み始めて小一時間…午前8時になったので、もう眠いからどうでもいいかなぁ…と思っています。(爆)
投稿: さすらい | 2008年1月 9日 (水) 08時05分
ことばの意味はわからないけども…とにかくすごいことだw(^^;
何とな~く、コノ記事よんでて…
『もやしもん』
を、おもいだしてしまいましたw(エエー
いあ、最近3巻までよんでるんですが、なかなかに、おもしろいもんでwww
この漫画読んでて、古き良き『究極超人R(あ~る)』をおもいだしちゃうのは…もー歳だからなのでしょーか?(--;
投稿: しがないヤマネコ | 2008年1月 8日 (火) 13時21分