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2008年1月 6日 (日)

[SF][科学][book]ナノテク版ジュラシック・パーク■「プレイ-獲物-」(マイケル・クライトン)

51rtkhb8b0l_sl210__3512ypm20ntl_sl210__4 自己複製可能かつ知性を持った(ように振る舞う)ナノマシン(10億分の1メートル・レベルの分子機械)を自然環境に放出し、ナノ・ハザードを引き起こしたベンチャー企業の尻ぬぐいを、失業中の平凡なプログラマーが八面六臂の大活躍で解決する、ナノテクノロジー版「ジュラシック・パーク」。[これはすごい]面白かったです。映画化も決まっているそうで。

 「面白かったです」では小学生の読書感想文のようなので、ちょっとトランス・サイエンス(科学によって問うことはできるが、科学によって答えることのできない問題群からなる領域)について考えてみようとした…。以下、ややネタバレあり。

 簡単にあらすじを。

 アメリカのベンチャー企業が軍の委託を受け、コンピューター・プログラミングの分散処理システム(個体それぞれには知能がないのにかかわらず高度なコロニーを作るアリのように、または人間の脳のニューロン・ネットワークのように、またはコンピューター内につくった仮想遺伝子を勝手に進化させるように)と、バイオテクノロジー(遺伝子操作)、そしてナノテクノロジーを融合させ、自己複製可能なナノマシン製造プラントを開発、運用を始めた。

 ただし、ちょっと上手くいかない問題があったため、「勝手に進化させてしまえ」という極めて乱暴な理屈で環境中にナノ・アセンブラー(ナノマシンをつくり出す分子機械)を放出。予想通り、ナノマシンは自己複製を繰り返し増殖、進化して人間の制御から離れ、牙を剥き始める。
 それに立ち向かうのは、家庭の事情と情事で騒動に巻き込まれた、失業中である分散処理システムのプログラマー、ジャック・フォアマンであった。

 ただし、物語が描く最大の課題は自然環境中に放出され自己増殖するナノマシンの暴走、ではなく、実は…という二段オチで、身内の敵、主人公の自己犠牲的英雄行動、無駄に死んでいく仲間たち、スターシップ・トゥルーパーズのような(!?)洞窟での冒険活劇、スカトロ、爆発炎上する悪の研究所…とハリウッド的エンターテインメント要素が満載。物語りのプロットはクライトン自身が「はじめに 二十一世紀の人工進化」で説明しているので、科学的知識はなくとも十分楽しめる。MRIの故障、妻の浮気疑惑…と伏線も見事に収束していき、主演はやっぱりハリソン・フォードだろうか。

 さて、もちろんSFなので少なくとも現段階でこんなハザードが起きることはない(ジュラシック・パークにも同様な批判はあったが、その後数年のバイオテクノロジーの進歩は凄まじい)のだが、ではナノマシンは夢物語かどうなのか。

 ナノマシンを創る際、最大の技術的障壁となるのが、そもそもナノマシン(分子機械)をつくるための分子機械(アセンブラー)をどう造ればいいのか、という問題のようである。

 アメリカの物理学者、リチャード・ファインマンは1958年、小さな工作機械でより小さな工作機械をつくり、さらに小さな…を繰り返すことで、最終的には原子を直接組み立てる工作機械ができるだろうと述べたという。

 しかし、この思考実験には致命的な限界があることが後に分かる。限界の一つを、文庫版解説でサイエンスライターの鹿野司氏が「時間が無限にかかる」と触れているし、クライトンも文中でこう説明している。

 <典型的な分子機械(編注・ナノマシン)は10の25乗個もの部品を必要とする。人間の脳には、とてもこんなに大きな数字を理解することはできないが、コンピューターで計算してみると、1秒あたり100万個のペースで部品を組み立てたとしても、一個の分子機械が完成するまでには3000兆年かかる。これは宇宙が誕生してからいままでよりもはるかに長い時間だ。これは製造時間問題(ビルドタイム)として知られているもので、越えがたい山はそこにある=(文庫版上p253)>

 ファインマンの言うようなトップダウンではなく、ボトムアップな方法が必要となるわけだが、しかし。

 <分子ナノテクノロジーの障害の1つとして、分子/原子サイズのマシンを作る効率的な方法が無いことが挙げられる。ドレクスラーの初期のアイデアは「アセンブラ」であり、プログラム可能なコンピュータと腕を備え、自己複製可能なナノマシンであった。アセンブラを作ることができれば、自分自身で複製を作ることができ、ナノマシンの大量生産が可能となる。しかし、最初のアセンブラをどうやって作るかという問題は依然として残っている。K・エリック・ドレクスラー - Wikipedia

 この障壁をクリアする方法として、クライトンは以下のようなアイデアを挿入する。

 ナノマシン(分子機械)の素材となる分子を大量につくり出せる工場は昔から存在した。細胞(セル)である。
 まず、アセンブラーの部品となるパーツ分子をバクテリア(大腸菌)の細胞からつくり出す。パーツ分子同士は自己組織化によって組み上がり、分子アセンブラーの完成体ができる。そのアセンブラーの完成体がナノマシン(分子機械)を組み立てていく…。

 本物のナノ・アセンブラーをつくり出せないため、バイオテクノロジーとナノテクノロジーのハイブリッド・テクノロジーを利用したわけだ。
 これは、悪のナノマシン群と闘う主人公が付け入る隙にもなるわけだけど、それはそれとして、こう書くと極めて簡単な方法は果たして、技術的に可能なのだろうか、そんなことは分からないが、ともかく、ナノテクの是非はあと数十年、早ければ数年内に、現代の遺伝子組み換え作物と同じような論争を巻き起こすのは間違いないようで、というか「プレイ」が描く世界に比べればずっと低い技術レベルでの危険性がすでに指摘されたりもしている。http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/nano.html

 作中のナノマシンは、個体それぞれにはもちろん知性はないが、分散処理プログラムにより、総体として知性を持つように振る舞う。
 人間を構成する生体分子であるタンパク質も、それ自体は生物でもなく知性もないだのアミノ酸の配列に過ぎないが、タンパク質の総体である人間は意識を持ち、知性を持ち、恋をする(ように振る舞っている?)。
 そう言えば、当時柳沢厚労相の「女は産む機械」発言により、一部で生物=機械論がネタになったりしたけど、人間の集合体である社会もまた、分散処理ネットワークのような機能を持ち、各個体の意志や想像に関係なく意外な振る舞いをする

 ナノテクを扱った真面目な本として、上記wikipediaのK・エリック・ドレクスラーによる「創造する機械」、SFでは宇宙人が月に送り込んだナノマシンと人類の戦いを描いた「無限アセンブラ」などがあるほか、例えば火星を植民地にするのにナノマシンの活用が提案されていたりするけど、ナノテクが現在の科学技術、推進論・反対論が想像もしない方向へ進んでいき、福音と厄災をもたらすのだろうなぁと想像すると、無責任に心が躍る、ラララ科学の子。

 人間とは何か、社会とは何か、生物とは何か-これについては「生物と無生物のあいだ」が超絶オモシロ本であった-について考えさせられる…ような気がする一冊なんだけど、う~む、トランス・サイエンスの問題はどこにいったのだろうか、後半、グダグダになってしまったが、ともかく小難しい問題は別として、映画化が楽しみだ orz

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