[media]コンテンツは技術に規定される。ではこの先は?
以前、ジャーナリスト森健さんとお話させていただいた際、「コンテンツは技術に規定される」というような言葉を教えてもらって、おお!と思った。
連続した技術変化に身を置いていると、なかなか気付かない。でも、文字を持たず口語伝承だった大昔から、象形文字を岩壁に刻んでいた時代、紙とペンが使用され始め、グーデンベルグが活版印刷を発明して、タイプライター、ワープロときていまパソコン、ケータイといった文脈(コンテキスト)でみると、なるほど口語伝承、象形文字で作成されるコンテンツと、タイプやワープロで作成されるそれ、ネットとつながったパソコンやケータイで作成されるそれというのはまるで違う。
12日の朝日新聞に「ケータイが変える 変わる-選択の時 メール感覚 小説『発信』 公開100万作品 続々書籍に」という記事があった。
ケータイ小説が花盛りで、大学ではレポートをケータイで作成する例もあるという。ええ!
ただしこのケータイ小説、あまり評判がよくないみたい。
「はっきり言って『小説』なんて言葉で呼ぶのもおこがましいほどヒドいものばかりですよ。援助交際、ホスト、主人公の死、とかどれもこれも同じような内容で馬鹿馬鹿しくて読む気にもなれません。だからランキングの高い順に書籍化しているだけですよ」。
とは言え、書籍化されたこれらの小説の感想では同年代から「感動して一晩中泣いた」とか「私たちにとってリアルなものが出て嬉しい」だとか賞賛を浴びている。ただでさえ乱れている子供たちの生活態度がこの「間違った」情報を基に更に乱れなければいいのだけれども……。
ははは。非道い言われようですな。
口語伝承、岩壁の物語は神様が怒った隠れた逃げたという話ばかりだろうし(違うかも)、活版印刷初期は聖書とか偉いさんの説教ばかり(違うかも)…なのだけど、一方でグーテンベルグさんは「知を庶民に解放した」と称賛されたわけで、技術が解放されれば、雑多なコンテンツが世にあふれるのは当たり前で、それを受け入れるユーザーも出てくる。総務省や警察庁がネットを規制したがり、新聞といったエスタブリッシュメントがネットを敵視したがるのも、このコンテキストで読み解くと面白そうだけど、それはまたの機会。
それはさておき、いつの時代も常識を身につけた大人は、自分が若い時に何をやってたかすっかり忘れて、理解できない若者の風俗や風紀の乱れを嘆いてみせ、国の行く末を憂うもんなので、ケータイ作家さんは、こんな批判をあまり気にする必要はない、と思う。底辺が広がればいずれ玉稿も出るだろうし。いま、この国を破滅させるとすれば、それは安倍晋三首相とその周辺の人たちだから。
それはさておき、こんなことを言うと、現状追認のようで抵抗がなくもないけど、「コンテキストのリテラシー」という言葉がある。
時代時代、技術の進歩により、必要とされる能力が変わってくる、という意味らしく、例えば昔、自動車を運転するには簡単なエンジントラブルにも対処できる能力が必要だったけど、現在ではむしろロードサービスをうまく活用する能力の方が重要、といったことだ。
では小説ではなく、いわゆるジャーナリスティックな記事のあり方が、ケータイやいずれ出てくるであろう技術によってどう規定されるのか、変わっていくのか、記事の書き手がどんなリテラシーを要求されるのか、ちょっと興味深い。渦中では気付かないうち、なんとなく振り返ると変わっていたとなるのかな。
もちろん、見て聞いて話して調べる、という根幹は変わらないけどね。
「パソコンを使うようになってから、記事の質が劣化した」という手書き原稿万歳論は、いまはもう死滅したけど、自分が会社に入ったころはまだ生き残っていた。これを言われた時は、ちょっとムカツいていたんですけど、そのうちケータイテンキーで記事を打つ記者出てきたりして「○○で変死体が見つかった; ̄ロ ̄)。□□署は捜査本部を設置↑(^^_)した」とか、劣化した記事が出てくるんじゃないか、まったく最近の若い記者は。
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コメント
「議題設定機能」というキーワード検索の結果、こちらのブログにたどり着きました。
>森健さんの「コンテンツは技術に規定される」というような言葉
マクルーハンが「メディア論」の中で記述した「メディアはメッセージである」という籤言(せんげん)?を言い換えただけかと思います。
マクルーハンには「グーテンベルグの銀河系」という著作もあります。
森 健さんの「グーグル・アマゾン化する社会 (光文社新書)」には、
グーテンベルグの銀河系(マクルーハン理論)
http://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/paradigm/McLuhans-theory.htm
>近年のエレックトリック・メディアにおいては、活字文化を時代遅れにする一方、古いオーラル=視覚表現を復活させた。(テレビ映りのいいケネディーが大統領となるように。。)エレクトリック・メディアは、芸術・哲学・政治・経済の従来の構造を覆す大変化をもらしはじめている。
>現代は、グーテンベルグ銀河系とエレクトリック・メディア銀河系と闘争状態に入り込んでいる。
という問題意識はどれほどあるのでしょうか?
踊る新聞屋-。: エビちゃんを超えた「共謀罪」が持ったblogospherの議題設定機能
http://t2.txt-nifty.com/news/2006/06/blogospher_f92a.html
で引用されている、チョムスキーの「メディア・コントロール(集英社新書)」などで示されている問題意識はどれほどあるのでしょうか?
できれば踊る新聞屋さんの書評を拝読したいです。
投稿: ゴンベイ | 2007年9月12日 (水) 12時37分
少し前にブロガーの文は酷いとマスコミの方々は仰っていたのを見て、何をおっしゃるうさぎさんと思ったものですが、今回も同じ感想です。確かに酷いかもしれないけれども伝わらなければ始まりませんから。
投稿: 某S | 2007年8月14日 (火) 10時25分