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2007年1月 8日 (月)

…だから憲法前文と第9条は、一句一文たりとも変えてはならない■本棚「武装解除 紛争屋が見た世界」

406149767709_aa240_sclzzzzzzz_ 「武装解除 紛争屋が見た世界」

 国連の軍事作戦(※オペレーション)下、アフリカ=シエラレオネ、東ティモール、アフガニスタン、イラクでDDR(武装解除、動員解除、社会再統合)に携わり、大学で日本人、アジア留学生を相手に教鞭を執った経験から、著者の伊勢崎賢治氏が最後に導き出したのは、次の一文。

 <つまり、現在の政治状況、日本の外交能力、大本営化したジャーナリズムをはじめ日本全体としての「軍の平和利用能力」を観た場合、憲法特に第9条には、愚かな政治判断のブレーキの機能を期待するしかないのではないか。
 日本の浮遊世論が改憲に向いている時だから、敢えて言う。
 現在の日本国憲法の前文と第9条は、一句一文たりとも変えてはならない。
=p236>

 職業:「紛争屋」
 職務内容:多国籍の軍人・警官を部下に従え、軍閥の間に立ち、あらゆる手段を駆使して武器を取りあげる。

 シエラレオネや東チモール、アフガンで多国籍軍の兵士を従え、時に国連の官僚制と闘いながら、軍閥やゲリラ兵士から武器を取りあげていく様子は、日本ではほとんど伝えられていないこともあって、どれも新鮮で、並の言説ではとても太刀打ちできないような迫力がある。
 こんなことをしていた日本人がいたのか、と感嘆した。
 そして、そんな経験から導き出された“国際貢献”や外交、ジャーナリズムのあり方に対する眼は冷徹で超現実的だ。

 それは例えば、人道援助やNGOが「戦争利権」と化したと喝破したり、「本来、国際協力の世界では、金を出す者が一番偉いのだ」という一文、また「貧困があるから紛争が起きる」という理屈は欺瞞だと切って捨て、広島・長崎のメッセージだけでは、局地的な紛争予防に効力はない、紛争解決とは敵対勢力間の利害調整以外の何ものでもないと言い切ることができる姿勢に現れていると思う。

 紛争処理をするなら“実力”は必要(ただし、民間人はぜったいに傷つけてはならない)で、そのために明確な文民統治、外交の眼や健全なジャーナリズムの存在の必要性を指摘しているのだが、どれも現在の日本にはない以上、護憲の立場を取るという冒頭の一文につながる。

 こうした言説には同じ護憲的立場でも違和感もあるかも知れないが、現場経験と国内・国際の政治や社会、世論に対する深い洞察があって、それを論理的に統合しているから説得力があるし、一部の政治家や評論家に喧しい“国際貢献”や「血を流せ」などいう言説が、空想的現実主義でしかないことがよく分かる。
 何より、こうも喧しい人たちは自身が“国際貢献”することはもちろん、血を流すつもりなどさらさらない。

 <「血を流さない」ことの引け目を、ことさら国内だけで喧伝し、自衛隊を派兵する口実に使ってきた。
 ここに純粋な国際貢献とは別の政治的意図が見え隠れするのを感じるのだ。
 右翼化。
 つまり、民族の自尊心を、国外に対する武力行使、もしくは武力誇示で満足させようとする動きが日本にあるとしたら、そして、日本の軍備を紛争当事者国の庶民の安全保障以外の目的に悪用する可能性があるとしたら、僕は愛国者として体を張ってそれを阻止したいと思っている。
=p215~216>

 大本営発表のような“国際貢献”の様子しか伝えられず、現実主義と言っては非現実的な改憲論を首相が玩具にし、愚かな政治判断が跋扈しそうなご時世に、国際貢献という言説や海外派兵を考える上で貴重な一冊。

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