恐怖と不安は武器になる■映画「Vフォー・ヴェンデッタ~V for vendetta」
まさに共謀罪審議が佳境を迎えた中、こうした映画が公開されるのは、何かの陰謀だろうか……冗談です、すいません。
http://wwws.warnerbros.co.jp/vforvendetta/
(以下、ネタバレあり)
強制収容所、復讐、陰謀による政権奪取…と、浦沢直樹さんの「モンスター」「20世紀少年」を思い出した。
「V for~」も原作はマンガということだが、初出は1982年だそうだ。モーツァルトの素養がないと楽しめない部分があるらしく(そうゆう素養がないのでどこかも分からず…)、その辺をふまえた上で、改めて観てみたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/V%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%BF
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マンガ原作だからか、中盤までどうにも劇画ライクになったり突然シリアスになったり、そんなのアリかぁ~?という展開になったりする部分もあるにはあるのだけど、2時間18分、娯楽作品としてもさすがに十二分に楽しめた。
「謀議」「共謀」「テロ」「忠誠」「国家」…そうした言葉のインチキ臭さが、ヒトラーを模倣した独裁者のイメージと相まって鮮烈に想起される。
結局、危機や不安を煽るというのは、統治機構にとって普遍的に有効な手段なのだろう。<共謀罪、ゴールドシュタイン2006>
現代日本で、何か“国益”や“安全”を損なうような大事件が起きた時、爆発する無垢な善意というのは、赤子の手のように為政者にとって利用しやすい。
安全確保、テロ対策、治安対策…気付いたときには手遅れだ。
党員歴20年の警視が、公安の刑事に嫌疑をかけられるシーンがある。
警視はさらなる忠誠に励むことになるのだが、無数の監視カメラと共謀罪による相互監視・相互不信・密告社会…が、個人にとっては耐え難いほどの苦痛であることが、象徴的に描かれている。
物語は結局、Vが独裁者の側近を裏切らせ、独裁者の暗殺に成功。議事堂を地下鉄爆弾でドカーンとやって、ハッピーエンドを予兆させる終幕を迎える。
ただし、叛乱の成功を喜ぶだけで、自警団に撃ち殺された少女…一人一人の命を忘れたとき、叛乱もまた、次の独裁者を生むだけで終わってしまうのだろう、と勝手な解釈が頭に浮かんだ。
TB URL<http://alcyone.seesaa.net/article/17182973.html><http://blog.so-net.ne.jp/pegasus/2006-04-30><http://mrchild.exblog.jp/3549690><http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/58df52216295d7e19e6a9317901a706d><http://eisei.livedoor.biz/archives/50409931.html><http://plaza.rakuten.co.jp/KUMA050422/diary/200604230001/>
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