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2006年3月 4日 (土)

映画鑑賞者へのカオス作用…なんて■映画「ホテル・ルワンダ」

 封切り直後でなければ、blogに溢れる映画評を見てから鑑賞、という機会が多くなった。

 映画そのものについては語り尽くされてしまい、自分のような素人が言えることは何もない。
 作品に込められたメッセージを知りたければ町山さんの<「ホテル・ルワンダ」と「帰ってきたウルトラマン」>が当たり前だけど傑出しているし、そのレスであれば、BigBangさんの<「ホテル・ルワンダ」---守ったのは職業倫理ではないだろう。><引き寄せずとも寄り添えるのではないか。-----ホテル・ルワンダと関東大震災を結ぶ視点>がさすが、大人の映画評だ。

 こういう映画評が簡単に読めるようになると、事前情報がほぼ公式サイトと雑誌、くちコミだけだったころに比べ、映画の見方も、ちょっと変わってくる。でも、変わらないこともある。うーん、文章も感想も混沌としている。 

 ※自分リンク<アカデミー賞候補作品が上映されない世界一の映画市場ニッポン><ホテル・ルワンダの日本公開決定

 例えば<「ホテル・ルワンダ」---守ったのは職業倫理ではないだろう。>を読んだおかげで、逆に「職業倫理」に着目して観てしまった。

 主人公ポール・ルセサバギナさんはさておき、命令以上以下のことができない国連軍のオリバー大佐とか検問もディレクターの指示も無視して虐殺現場を撮影しに行くカメラマン、国際赤十字の女性と、「職業倫理」を問いかけるような設定が少なくない。
 
 賄賂や話術、交渉術といった職業スキルが強調されているので、確かにポールさんについていえば、職業倫理という言い方に違和感がある。が、脇を見る限りむしろ「職業と人間」というテーマこそ、制作者が設定したい意図かなとも思えるほどだ。
 恐らく、事前に<「ホテル・ルワンダ」---守ったのは職業倫理ではないだろう。>を読まなければ、自分にこういう視点はなかっただろう。

 ただ、変わらないものもある。町山さんの言う作品のメッセージ<『ホテル・ルワンダ』という映画が観客に求めているのは、アフリカへの理解や、国際社会の対応よりもまず、観客一人一人の中にある排他性、つまり「虐殺の芽」を摘むことなのだ。>には本当に同感だった。

 映画とは関係ないオカシナ場外乱闘の発端となったパンフでも、町山さんは約2500字(推定)の文章の最後4行でこう書いている。
 <ポール・ルセバギナ氏は『ホテル・ルワンダ』の米版DVD収録のコメントでこう問いかけている。「ルワンダと同じような状況になった時、あなたは隣人を守れますか?」
 日本でも関東大震災の朝鮮人虐殺からまだ百年経っていないのだ。

 ただ、変わらず同感なのも当たり前である。
 自分自身<アカデミー賞候補作品が上映されない世界一の映画市場ニッポン>で、<関東大震災後の日本とか、9・11後の米国みたいに集団パニック、ヒステリーというのは、いつでもどこでも起こり得るもんで、ルワンダ事件は、アフリカの途上国で起きた特異な悲劇といえないと考えています。>って書いていた。なんでこんな着想したのかなぁ(しかし、こういう発見というのは、blogをやっているからならではで、自分のことながらなかなか面白い)。

 他国と自国のエピソードを重ね合わせるレイヤーが乱雑すぎるという指摘には頷きつつ、<引き寄せずとも寄り添えるのではないか。-----ホテル・ルワンダと関東大震災を結ぶ視点>、恐らく、無意識に引き寄せたり寄り添える人もいれば、まったく真逆に行へ行く人もいる。
 
 作品に想像力を喚起され感化されることは少なくないけど、事前にどんな映画評を読んで行くか、そもそも観客の主観が作品から受け取るメッセージを左右するというのは、やっぱり否定できない。
 ただし、自分の主観がなぜ生じるのか、ということは分からないのだが。

 ただ、それを言い切ってしまうと、ではなんで表現するのだ、ということになりかねない。何を見たって「怖いね」とディナーを続ける人もいるわけだから、町山さんの脱力<『ホテル・ルワンダ』なんか何の役にも立たない!  この人を見よ!>は十分伝わってくるけど、日本公開すら危ぶまれた映画が公開にこぎつけ、blog界隈で語られることにより、全体に相互に作用していくのだろう。町山さんの尽力は無駄ではなかった、むしろ影響は大きかったと、とにかく感じた。 

 メモ:<■[blog][ネタ]断片化社会でブロガーという病をこじらせる。><映画の力と馬鹿な大人

 同様のテーマの映画に、ブルース・ウイルス、デンゼル・ワシントン出演の「マーシャル・ロー(THE SIEGE)」という大作映画があった。大作の割にはさして話題にならなかったようだが、これはこれで楽しめたという記憶があるようなないような。

 追記。金曜夜の約束がキャンセルとなり(._.)、手持ちぶさたなまま、ようやく一人でレイトショー見てきた。危うく公開終了になるとこだった。






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» 「ホテル・ルワンダ」 [共通テーマ]
「売れそうにないから」との理由で日本公開が見送られ、熱狂的ファンの署名活動により、ようやく公開になったこの映画。あなたの思いを語ってください。 [続きを読む]

受信: 2006年3月 4日 (土) 16時20分

コメント

 BigBangさん、お疲れさまです。
 どんな作品も、製作者の意図とは異なる点で評価、鑑賞されてしまうのは避けられないでしょう。まして、評論する人の解釈が万人に受けいられることもないでしょう。
 ただ、表現はあらゆる部分で政治や社会とは無関係でもいられないような気もします。

 TB、相変わらず、不調なようで…失礼しました。

投稿: 踊る新聞屋-。@管理人 | 2006年3月 5日 (日) 03時11分

今晩は。取り上げてくださってありがとうございます。僕のところでもまだ「局地戦やってますが」(笑)、管理人さんのいうこともわかります。
その実態はともかく、ここまで少なくともネット上での論議を広げた。そういう意味では、結果論ですが町山氏も含めて功績かもしれない。
そして本来映画は芸術作品であり、政治評論ではないということを、我々はもう一度考えたほうがいいかもしれません。

PS.TBが少しだぶっていたので整理させていただきました。最近ココログのTB不安定ですよね。

投稿: BigBang | 2006年3月 5日 (日) 02時35分

 さっそく、ローカルにブクマしておきましたん。

投稿: 踊る新聞屋-。@管理人 | 2006年3月 4日 (土) 23時25分

こちらを私は参考にしてます。
http://movie.maeda-y.com/index.html

投稿: 某S | 2006年3月 4日 (土) 11時12分

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