格差社会を巡る錯綜
元々はこちらから。
<世界各国をジニ係数順に並べてみた>「これだけで何かをいうのは危険だ。それでも、私たちはそれなりに恵まれた社会に住んでいるということだけは自覚したほうがいいと思う」←→<[economy]「格差」を考える 第2回:日本の所得格差は国際的に見てどうなのか>「合成貧困指数(the composite poverty index)で計測した場合、日本はメキシコ、アメリカに次いでワースト3位」
同じ問題を扱った統計にして、その結果がかなり異なる上(調査年次・項目、手法が大きく違うのだけど)、解釈に入る主観によって結論に相当な差が出ているのが興味深い。
格差社会をテーマにした記事や書籍は、もう10年くらい前から出始めていた。生活実感が統計に表れるのには、タイムラグがある。
<あほくさい論議>「毎年10%ずつひらけば、7年後には倍の違いがでてきますから。複利というのは最初の差が分かりづらいもんです」気づいた時には、手遅れということかも。
この種の社会問題は、自分が安全圏にいる限り、永遠に他人事であって、ニュースを聞いても、むしろ「自分は良かった」と、差別して安心してしまうような作用を人にもたらすこともある。
ただし、安全圏はどんどん狭くなってきていて、臨界点に達しつつあるようだ。昨年末から始まった毎日新聞の企画記事のインパクとは大きいと思う。
こんな世相に、さすがに政府も危機感を感じたのか、内閣府が打ち消しに躍起なようにも見えるけど、やり方が恣意的だという反応が多いようで、返って火に油なような雰囲気。
<所得格差の拡大「見かけ上の問題」 内閣府が否定>←→<若年層の所得格差は急速に拡大(格差拡大は「見かけだけ」の誤解ではないぞ!)>内閣府への反論。リンク豊富。
内閣府の作文より、こちらの方が生活実感に近い。
<大学進学、高い学費で断念者増『学費に関するアンケート結果のご報告』><「貯蓄なし」世帯、最多の22.8%・金融広報中央委>
そんな中、突然、こんな発言も出始めてきた。どういうつもりだろうか。
<「再チャレンジ可能な社会を」安倍氏、地元で表明><「階級社会つくらぬ」安倍長官、小泉改革路線の懸念否定>
その他、興味深かったもの。<400万人の棄民 / 拡大する下層社会><貧困率10年で急増><所得格差の拡大>
自分リンク<「しのびよるネオ階級社会“イギリス化”する日本の格差」><本棚:下流社会><新自由主義社会の縮図>
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コメント
デジ1工担者 さん。
う~ん、なんと言っていいのか分かりませんが、それほど混同はしていなかと。
努力の定義も難しいのですが、極端な結果平等はだれも求めていないと思います。
要は機会平等の確保と格差を固定させないことだと思うのですが、「格差は悪くない」とかたづける首相は乱暴にすぎます。
投稿: 踊る新聞屋-。@管理人 | 2006年2月19日 (日) 02時17分
自分が憂えているのは努力しない人と弱者を混同するメディアの風潮です。
投稿: デジ1工担者 | 2006年2月15日 (水) 12時38分