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2005年11月23日 (水)

本棚:下流社会

smMT01  写真は、十数年前のマニラ・スモーキーマウンテン。
 当時、まだ“総中流”の日本では、貧富の差の激しさが後進国であることの一つの証明、というような風潮が根強かったように記憶している。しかしどうも、そんな風潮はここ十年ですっかり変わったようだ。
 それこそ、ケインズ型からハイエク型への世相の転換と、無関係でもないのだろう。
 もちろん、日本の“下流社会”は、ゴミを拾って一日数十円の所得を得る第三世界の貧困層とは、まったく異なるのだけど。

 <※>このエントリは、半月前に下書きをしておいたのだけど、流石にベストセラーだけあって、あちこちで取り上げられて、それらを読んでいるうちに、考えが四方八方飛び散り、放置してしまった。

 億ションは誰が買っているのだろう。レクサスを買える人間がそんなにいるのか-。自分の住む地方でも、あちらこちらに高層マンションが林立して、5000万円超の物件からタワー最上階の億ションまで完売らしい。
 冷やかしで行くにはかなり敷居の高いレクサス販売店も、自分が借りているマンションのすぐ近くにできた。パツパツスーツのディーラー系お姉さんにひざまづかれると、ちょっとアレだぞ。メッ、メガネを…。

 不況のさなか、そんなにニーズがあるのかねという疑問も、からくりが分かると意外とそんなもんかという感じだ。しかしなるほど、社会の階層化を指摘した嚆矢として、やや前の「不平等社会日本」から、その後の「機会不平等」 / 「希望格差社会」 / 「若者が『社会的弱者』に転落する」 / 「しのびよるネオ階級社会―“イギリス化”する日本の格差」など、いずれも社会学やジャーナリスティックな視点だったのに比べ、マーケティング的な視点から社会の階層化に光を当てた点が、(自分にとっては)新鮮だった。
 
 本書によれば、1973~80年生まれの団塊ジュニア世代で(俺だ!)、自己申告上の
 「上」では、自民党支持率は8.3%、民主党支持が16.7%、支持政党なしが75%なのに対して、
 「下」では、自民党支持率は18.8%、民主党も同率、支持政党なしが60%なのだそうだ。

 「下」は自民党とフジテレビが大好きだそうで、これはいかにも「B層」なんだろうけど、先の総選挙後、「自分の首を絞める政権を選ぶ有権者の不可解」なんてテーマがあちこちで取り上げられた。
 
 山口教授は、
 <今回の総選挙では国民が、リスクの増加や不平等をもたらす新自由主義と小泉改革路線を、歓呼の声をもって選択した結果となった。この結果は、単に小泉のメディア戦略の成果とか、国民が勝ち組幻想を持っていて小泉マジックに引っかかったという議論では説明できないであろう。中年サラリーマンが今さら起業したところで、億万長者になれないことくらい分かっているであろう。平等や正義感が日本社会から消滅したのではなく、ゆがんだ平等主義やいびつな正義感が日本社会に横溢しているからこそ、負け組予備軍ともいうべき都市の中間層やそれより所得の低い層が、熱狂的に小泉を支持したというのが私の説明である。05年11月:日本における左派政治の今後と民主党の役割

 とどのつまり、遠くのヒルズは想像できないけど、隣の公務員官舎は憎たらしいというようなゆがんだ正義感と分析されているのだけど、内田教授によれば、こんな倒錯は昔からあったようで、

 <マルクスは『フランスにおける階級闘争』において、客観的にもっとも収奪されていながら、主観的に彼らを収奪する体制イデオロギーにもっとも深く親和している階層を「ルンペン・プロレタリアート」と呼んだ。
 レーニンは『帝国主義』において、自らは収奪されている労働者でありながら、植民地住民からの収奪の余沢に浴しているせいで、資本主義イデオロギーを支配階級以上に深く内面化してしまった社会階層を「ブルジョワ的プロレタリアート」と呼んだ。
 マルクス、レーニンのような天才でさえ階級理論との不整合にてこずって「別のカテゴリー」を作ってそこにねじ込まなければならなかった社会階層に似たものが現在の日本に発生しているのかも知れない。
「下流生活者」たち

と、やっぱり古典も読んでおくべきもんである。

 ところで、日本の“下流社会”が、プレステ、パソコン、ページャー&ポテトチップ、ペットボトルの5Pに囲まれている姿は、後進国の貧困層から見ればそれこそ王侯貴族並の生活なわけだけど、これは親や社会の蓄積があって可能な状態なんでしょう。

 そこをついて、竹中平蔵のフリーライダー理論なんてのが跋扈するのだけど、それは違う。どう違うか、ロジカルに説明できないけど、ちがう(笑)。
 彼らを支える親のスネが消えてなくなり、今後さらに苛烈になるであろうセーフティネットの“自己責任”化により、彼らの相当数が、本当の貧困層に転落する可能性だってある。
 いや、すでに東京のそれなりの場所に行けば、そんな光景が普通にある。行政がそれを排除し、見えないところに追い込まれているだけかもしれない。

 冒頭のスモーキーマウンテンの子供たち。いまでは二十歳くらいだろうか。
 恐らく彼ら彼女らは、一生、スモーキーマウンテンに住むしかない。
 後進国が永遠に後進国であるのは、社会階層の流動性が著しく低い・下克上がないことに一つの原因があると推測している。小泉政権初期、「米百俵」に喝采が贈られたのも、そんな認識が幅広くあったからだと思っている。

 しかし、このまま階層の固定化が進めば、数十年後の日本は、なんの活力もない三流国家に成り下がるかもしれない、なんて憂国の志士みたいなことを吐いてしまった。

 ま、古典も大切なんですが「下流社会」の巻末には<「下流社会」を考えるための文献ガイド>があって、相当数の書籍、論文が紹介されている。
 このテーマの書籍が相次ぎ出版・ベストセラーになっているのは、やっぱり世間の関心も高いということなんだろうけど、では世間はそれをどう受け止めているのだろう。

 気が向けば、続きをいずれ。



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 こんばんは。今日は、玄田有史先生の『働く過剰 大人のための若者読本』(NTT出版、2005年)を読んで、私が考えたことを書きたいと思います。
 玄田先生は、現在の若者を取り巻く状況について、過剰に即戦力を求める傾向、過剰に長時間働く傾向、過剰に働くことに絶望する傾向といった、様々な働くことに関する「過剰」があることを論じます。このような働く「過剰」に対して、どのように対抗していけば良いのか、玄田先生は論じていきます。

 私は『働く過剰』のポイントは、「働く若者を育成する自信」「希望」「ニート」の三つだと考えます。

 第一に「働く若者を育成する自信」について玄田先生は、まず、「「失われた10年」は若者を育てるということに社会を失っていった10年だった」(5ページ)と述べます。しかし、現在成長している企業は、人材育成に手を抜いておらず、ベテラン・中堅・若手がバランス良く構成され、その人らしさが尊重されることが、強く安定した組織をつくることにつながると論じます。次に、働く希望・自信を失っている若者に対して、放っておかず、適切な関与をしていく必要があることを論じます。

 第二に「希望」については、自分の希望をもち続け、状況に応じて、自分の希望を修正していくことができれば、やりがいのある仕事に出会うことができることが論じられます。そして、低所得階層の若者がやりがいや、希望を持てる仕事につけるための方策を模索していく必要があると言われます。

 第三に「ニート」については、働くことに希望を失った若者としてのニートは、仕事の意味を真面目に考えすぎたり、過剰に働くことで心身にダメージを負ってしまったりして、働くための希望や自信を失ってしまった若者たちであることが論じられます。
 そして、ニートを支援するために、働くためのリズムや、「ちゃんといいがげんに生きる」ことの重要性を、大人も若者も学んでいく必要があることが述べられます。

 この本での玄田先生の議論を踏まえて、私が考えたことを書きたいと思います。まず、玄田先生は、大人が若者を育てる自信を失っていったことを論じていますが、私は、学んでいこうとする若者も自信を失っているのではないかと思います。学んでいこうとする若者が自信を取り戻していくために、失敗体験や成功体験の積み重ねから学び、教師や先輩に引かれるだけではなく、自分の足で、自分の仕事道を進んでいこうとする意思を持っていく必要があると考えます。

 次に、若者が希望を持てる社会にしていくために、社会・組織の風通しを良くしていく必要があると思います。そのために、ベテランや若手、中堅がそれぞれの意見を出し合い、社会や組織の問題をひとつ一つ改善していくことが大切でしょう。

 そして、「ちゃんといいかげんに生きる」ことの重要性がもっと認識された方が良いと考えます。精神科医・作家のなだいなだ氏は、著書『教育問答』(中公新書、1977年)で、「ぼくは、極端を好まない。人間的な現実というものは、体温と同じで、中庸のところで安定するべきものだと思っている。高くなりすぎるのも苦しいことだし、低すぎても生きていけぬ。お前はなまぬるいとよく学生の運動家に非難されるが、そもそも人間の肌は、なまぬるいものなんだ」(98ページ)と論じていますが、自分の考えや立場を明確にしながら、人間が共生していける社会をつくっていくためにも、中途半端や曖昧とは区別された人間的で中庸な社会をつくっていくべきだと考えます。

投稿: 神谷右近 | 2006年1月14日 (土) 16時53分

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